この本はタイラー・ハミルトンがダニエル・コイルによる長時間にわたるインタビューをもとに、タイラーの一人称の語りという体裁をとっています。レースの状況や心理状況をダニエル・コイルが上手に文章にしているので、ものすごく説得力がありました。
それにしても驚かされるのは、自転車レースの最高峰がドーピングまみれだったこと。一流選手がみなドーピングをしているので、ある意味同じ条件で競争するためにはドーピングするのが当たり前で、選手もみな他の選手と条件あわせるといくらいの心境だったことが如実に語られます。
ただ検査の精度が上がるにつれてますます巧妙たドーピングしていくことに、コソコソと立ち回り続けなければならないことに次第に疲れてくることなども伝わってきます。
それにしても、ツール・ド・フランスの7連覇の英雄ランス・アームストロングのドーピングまみれなことと、本当は表裏のある陰険な性格であることに驚きました。タイラー自身、もともとは同じチームでランスのサポートをする立場だったのに、次第にランスに疎まれて遠ざけられていく様子や、ドーピングを告白した後にランスに執拗に脅かされるさまなどが克明に語られます。
ドーピングを告白することは自転車界の鉄の掟を破ることで相当に覚悟のいることですが、タイラーは嘘をついたままでは生きられない、正直であるべきという信念ですべてを告白します。自らの選択で周りの信用を失い、またそこから人生をもう一度やり直していくことを素直に応援したいと思います。
この本は、いろんな意味で凄かったし、最高峰のレベルでスポーツ競技をする人たちの精神的な重圧をまざまざと感じさせられました。とてもいい本でした。